漫画『凍りの掌』
2012年 10月 19日
これは、シベリアに強制抑留されたある日本人が主人公の話。それは、著者の おざわ ゆき さんの父親である。
書店でこの本を手にしたのは、本当にたまたまだった。キャスター付きの小さなラックに他の本に混じり、見えていたのは背表紙だけだった。なぜか、それが気になって取り出した。
ページをめくるまで、時間がかかった。表紙の絵から目が離せなかったのだ。決して、緻密な描き込みがあるのではない。ひたすらリアルな表現でもない。優しく暖かい絵柄なのに、そこにある種の重々しさが漂っていたからだ。
そして、その重々しさというのは、著者の肉親である父親が体験した絶望であり、恐怖であったと知った。この作品は、おざわ ゆきさんが彼女の父親に丁寧な聞き取りを重ね、現存する資料が少ない中、数年の歳月を経て完成させたもの。
壮絶な、果てのない地獄が、静かに描かれている。劣悪な環境下での生活、過酷な労働、それらが原因で命を落としていく仲間、先の見えない絶望から大きくなっていく日本人同士の争い…。歴史の一部としか知らなかったシベリア抑留の事実。それが、著者の込めた思いと共に、ひたひたと感情に揺さぶりをかけてくる。伝えたいことが、一貫しているのだ。抑留を経験した人たちの声を、記憶を後世にも残したい、ということが。
自分が経験したことでもなく、また画像などの資料が全くといっていいほどない中、2年半という時間をかけて作り上げたことにも衝撃を受けた。
「作り上げる」、「伝える」ということを改めて強く考えさせられた作品。