旅の理由は、ほんとはなんでもいい。いつもいる場所を出たときに、何を見つけるのか、何を思い出すのか。そっちの方が何倍も重要。

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今朝、目が覚めても、軽い疲労感と夢の記憶にしばらく体を動かせずにいた。
まぶたを開けた途端、「帰ってきた!」ととても強く感じ、
それと同時に、寝ている間にどこかとてもとても遠くまで旅していたことを思い出した。
夢の中のあの場所は、世界のどこだったんだろう。
行ったことのあるような感覚もあれば、そこを初めて歩く緊張と高揚も心臓に残っていた。

10代、20代とあちこち遠くまで旅をした。
それは、数日の旅行だったり、数ヶ月、数年の滞在だったりした。
いくら遠くに出かけても、まだまだ世界には見たことのないものの方が多く、
それはわたしを余計に旅に駆り立てては、時々ふと底なし沼に片足をとられたような気分にすることもあった。

なぜ旅をするの?

その頃よく聞かれた。
聞いてくる人なんてあんまり旅をしない人がほとんどだったから、批判めいたものも感じて
その質問に真っ直ぐ答えるのなんか本当に嫌だった。

旅に出ればわかるのに。

そう思いながら、相手が納得しそうなことを述べて
その反応を見ながら、わたし自身もそう思おうとしたこともあった。

正直に言うと、理由なんて後から付けたものだった。
もう、その場所にいては自分がダメになりそうで、いくらそれはまともだと言われても、
自分の何かがどんどん濁って、ますます何も見えなくなっていくのだった。
それをどうにかするために、わたしは旅に出ていたのだ。

そうすることで、旅から何を得るのか。
「問い」だ。自分への。

いつもいる場所から出て行く時、持っていけるもの必要なものなんて本当に少ない。
そしてその少ない荷物で出会う場所、人に、素肌でひりひりさせられる。
緊張だったり疲労だったり、フル装備じゃないところに、いろんなものが飛び込んでくるのだ。
考えたところで理解できないこと、自分の力じゃどうにもならないこと、
そういうものがあるということを目の当たりにする。
理屈で選んで失敗したこと、勘で進んでよかったこと、
その感情の振動が、ストレートに自分に伝わる。
むき出しの鈍っていない感情が、どんどんどんどん伝わってくるのだ。
そうして、自分を知るための問いが見つかる。
「これは好きか嫌いか」「この行き先で合っているのか」「それをやってみるのかやらないのか」
答えを出すためには、問いが必要。
旅に出る前は、どんな答えすら求めたらいいのかさえわからなかった。
そうだよね。問いだってわからなかったのだもの。


今は、その問いに答えを出していく時。




そうして今日は、なんとなく手に取ってまた読んだ本の中に、今朝と旅のことを思い出す言葉を見つけた。

「今は忘れちゃってるけど、自分がほんとはどうだったのか、もういっぺんたどってみようかなと思って。」

アメリカに旅に出る理由を聞かれ、そう答える女の子。

そうだなあ、本当にそうだなあ、と思った瞬間に、これまで旅した場所と今朝の夢と布団の感触を思い出して、
今いる場所から一瞬どこかへ離れてしまった気がした。
そう、この、ふと何かとチャンネルが合う感覚、旅先が増えることで葉脈みたいに増えていくのだ。
嫌な思いもばつの悪い思いも、全部ひっくるめて体に感覚に必要なものを届けてくれる葉脈になる。
そしてその葉脈が、忘れてたものへ、養分を与えて目覚めさせてくれるのだ。


上の言葉は、高山なおみさん著『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』から。




…旅の話だから飛行機の羽根と空の写真なんて、ベタだな…


イラストレーター こまつきょうこ HP 
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