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条件付きで「美人だ、美人じゃない」って、上っ面しか見ない外野の言うことだ。

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美しさって説得力だと思う。
それと、見る側へ問われるのは知性と感受性。
◯◯だからきれい、きれいじゃない、◯◯だけどきれい、
なんてのは上っ面しか見ないただの外野の言うこと。

オーストラリアで暮らしていた頃、近くのジムに週何度か行っていました。
主にエクササイズ系のレッスンで、現地の人や学生たちに混じって汗を流していました。
その中のインストラクターで、とびきり目を引く女性が。
ウエーブした明るい色の髪が豊にゆれて、
丸みのあるラインの体と、そして笑顔がとても印象的。
彼女は、ヨガを混ぜたエクササイズで、座って行うポーズや少し間を置く時に、
プライベートで起きた出来事を少し話すのです。
はっきりとした、深くて少しだけ低めの声。
彼女のパートナーのことを語る時の、弾んだ表情。
静かな笑顔と、全身からにじみ出る幸福感は、まるで彼女のまわりに
小さな光が集まってキラキラとさらに彼女を輝かせているようでした。
彼女のことを美しいと言わず、どう表現するのだ、そう思いながら
わたしはいつも彼女の話し方に聞き入っては、その姿に見とれていました。

それまで、わたしは「美しいとはこうあるべきだ」なんて思い込んでいました。
ジムにも痩せたいと思って通い始め、「そうあるべき」の姿を目指したいと思っていたのです。

そんなわたしの目の前に現れた、インストラクターの女性は、
それは見事にわたしの中に残っていた「こうあるべきだ」を壊したのです。

その頃すでに、オーストラリアでの生活も長くなり、
日本を出る前とは違った"常識"がじわじわと身に付いてきていました。
様々な人種、肌の色、瞳の色の人たちが身近にもいて、
いろんな常識が混在する中に暮らしていたからです。
すごく失礼な言い方をすれば、もしも日本の”基準”なら、大きいサイズに分けられる彼女。
40代かな、若さをもてはやす文化圏なら、もっと若い方がいいなんていう人もいるかもしれない。
また、美白のもてはやされる日本の”基準”で見たら、
頬や胸元、背中に広がるはっきりとしたそばかすも美しいものではないのかもしれません。

それでも、彼女の満ち足りた表情は、そんな基準なんてばかばかしいくらいに美しかったのです。
ハリのある肌、逆に笑い皺の目立つ頬、女性らしい体のライン、そしてそばかす。
そういったものは、彼女のこれまでの暮らし方で表に表れたもの。
その暮らし方が、彼女の内面から外側までを作り上げてきたのです。
なにかひとつでもなかったら、今、目の前にいる彼女の姿はまた別人になっていたはず。
だから、「そばかすがなければ…」なんていうことは有り得ないのです。
今の状態で、全てひっくるめて、彼女であるのです。

贅肉を徹底的に落とした体も、美白を念入りにしたお肌も、皺のほとんどない顔もきれいだと思います。
でもそれを好きでやったか、それともそれが "美しさの基準" だと思い込んだから
そうなろうとしたのか、そこで表に出るものは全く変わってくるはず。
周りの人たちをも自然と笑顔にするような、そんな存在になるには、
自分が望む姿はどんなものなのか、自分の基準で知る必要があるのです。

移民の多いオーストラリアに暮らした中で、
帰国も近づいた時に彼女に会えたのは、それまでの暮らしで変化した感性の縮図を見せられたようでした。
そこに住むためのルールは、もちろんあるけれど、
「基準」や「常識」なんて、もろいものです。
自分がどうありたいか、周りにどう関わっていきたいか、
そこを見ることが、まず必要なのです。

帰国してから4年近く経ちますが、彼女の姿は、いまだに思い出します。
きっと今でも同じように周りの笑顔を増やしているのだろうな。






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by komatsukyoko | 2016-02-23 01:54