旅するイラストレーター こまつきょうこの日常図鑑

山形県の田んぼ・海・山の側で育ったイラストレーター。翻訳・通訳業(日英)も。 U.S.A.、スウェーデン、オーストラリアの3大陸在住経験有り。玄米好き。

体のあるうちに、世界に触れろ。〜生きることと死にいくことは隣り合わせ

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人は、いつか死ぬ。
それは誰もが知っていること。
でも、その事実を意識することは、
ほとんんどないかもしれない。

まだ若くして、病気になって
自分が近いうちに確実に
この世を去ることを知る人と会ったことがある。

大切な友人を通して知り合ったその人は、
真っ直ぐで正直な視線と
強い存在感を持つ人だった。



「もっと、やりたいことがある」
「わたしだけ、ここからいないくなる」
そういった憤りや怖れ、
諦めきれないことを受け入れなければ
いけなかったこと。
大好きな人たちから、1人戻れないところへ
離れていかなければならなかったこと。

彼女が自分の体のことを知って
はじめに抱いた感情。
それをきいた時、伝わってきたものから
動いたわたしの感情は、
目盛りを余裕で振り切った。
死にいくことをこれほどまでに
意識したことなど、全くなかったからだ。
怖い。
とてつもなく深い闇に落とされるような恐怖。

そこへ、1人向かわなければいけないのだ。
どれほど勇気のいることなのか。

それでも、わたしはどこか彼女に対して
「かわいそう」という目線を
持たずにはいられなかった。
自分には、彼女よりも残された時間は多いから、と。

だけど、一瞬一瞬の中に存在する彼女は、
周りのあらゆることに愛しさを見つけ、
世界の中で確実に楽しんでいた。
まるで、自分の魂に、体をつかって
経験値を刻みつけていくように。
体の存在する間に、触れたものの全てから
生きているという感覚を味わうように。

自分の立つ場所に、意識の根を降ろし、
目の前のことに集中している。
もしかしたら、残された時間を
喜びやうれしさでいっぱいにしたい、
と意識してやっていたことなのかもしれない。
それでも、彼女が感じた喜びは
確実に彼女の魂を動かしていた。
きっと、それが自分を「生かす」という
根源的なことなのかもしれない。

わたしは?
何かを場所のせいにしていなかったか。
何かを状況のせいにしていなかったか。
言い訳が多かったのではないか。

残された時間がまだたっぷりあると思い、
後回しにしたことはなかったのか。

「こうでなければならない」、と
自分の素直な感情を閉じ込めていなかったか。

…「かわいそう」なのは、
逆にわたしの方ではないのか。


死にいくことは、命をすり減らすことでも、
ただ時間を流れるままにすることではない。
時間を使うという点では、「生きる」と同じことだ。
では、生きていくこととは。
彼女のように、瞬間ごとに
足元や手元に今あることと向き合うことだ。
そこから生まれる自分の感情を
味わい尽くすこと。
出てくる感情を勝手なジャッジをする必要はない。
頭を使いすぎる必要もない。
他人のいうことを聞きすぎる必要もない。
直感や信じるもの、あふれる自分の感情に
寄り添って、そこからどうするかを考えればいい。

後悔や未練はない、と彼女は言った。
それは強がりでもなく、
そう思おうと力を込めている訳でもないのは
聞いたわたしにも分かった。

生きる。
意味が大き過ぎてぼんやりとした
意識でしかその言葉をとらえていなかった。
だけど、もうこの世にいない彼女が
残したメッセージは、確実にそこへ
光を当て、地面に伸びる影でまた、
足元へのつながりを見せてくれた。

考えすぎて動けなくなりそうな時、
「頭使いすぎだよー」と
わたしを笑う彼女の姿を思い出すことにしよう。
動いて感じて進んでいけるように。


















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by komatsukyoko | 2016-12-19 07:20 | 【イラスト】エッセイ、絵日記

by 旅するイラストレーター こまつきょうこ
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