「大人になれ」って言われても、挑戦と選択肢はいくつになっても目の前に来るんだぜ

d0258949_21415663.jpg
「大人になる」
って、どんなことなんだろう?
小さい頃、思い描いた「大人」像は、
すでに大人になった実際のわたしと全く違う。
全然違う。
何が一番違うのかというと、
もう悩むことなんてなくなる、
迷いなんてなくなると思っていたのだ。
全てのことに。

そんなことを思い出したのは、
ある人の一言からだった。

「大人になりなよ」

わたしがこれから先の話をした時、
その若い友人は、
こんなことを言ったのだ。
その人の出身は、
かつてわたしが住んだ国のひとつ。
あらゆる文化が行き交い
さまざまな人種の暮らすその国では、
日本と比べると生き方の選択肢だって
何倍以上にもあるように感じていた。
だからなんとなく、その人なら
わたしの言うことに同意してくれるのかな
なんて、思っていたのが正直なところだったのだけど。
確かに、わたしがやりたいことのいくつかは、
わたしの今の年齢でやるには、かなりの少数派だ。
(でも会ったことのある人たちや友人知人に
すでにやってる人たちはいるんだよね)
それも十分わかってはいたのだけど。

言葉に余計な意味を加えたりしない相手だから、
言った通りのままの意味で、
嫌みとか入ってないのもわかってた。
でも、ちょっと嫌な感じに
受け取ってしまいそうだったのも事実。

だけど、次の瞬間、納得してしまった。
その発言をした意味が。

わたしもかつて、同じ年頃だった時、
仕事や生活のこと、そして主に未来のことに
思い悩むのが本当に嫌になった。
腰を据えて、不満を言いながらも
同じ場所で同じ仕事をして暮らす人たちに囲まれて
それでも彼らと違う"夢"を見る自分を押し殺そうとしてたっけ。
苦しく感じながらも、
「わたしも、いつか、彼らのように
腰を据えて、外の空気を求める気持ちもなくなるのだろうか」
そんなふうになったら楽だと、ぼんやり考えてもいた。
そうなることが、十分大人になった証なのかも
しれないとさえも思っていた。
だから自分はまだ幼いままだとも、
持った夢を捨てて行くのが大人なのだとも。

きっと、その若い友人も、昔のわたしのように
「これからずっと長い人生の先まで照らす灯りを
今!今すぐ見つけなければ!」
なんて思っていたのではないかしら。
それって、選択肢を減らして一つだけ選んで
その後ひたすらそれを抱え続けるようにも思えるしね。
だから、わたしのように、新たにやりたいことの
選択肢を広げる相手を、大人になれって言ったのだろう。


大人になったら、選択肢は減るだろう。
これは、間違いないと思う。
だけど、一つを選んだら
もう二度と戻れない訳でも、
他のものを選べない訳でもない。
行き詰まったり、抜け道を探ったり
それでも、どうにも動けなくなったり、
落ち込んでみたり、別の方法を求めたり、
そこにいつも付いてくるのは挑戦でもある。

限られた選択肢の中でも、
小さな小さな変化への選択でも、
それを選ぶのは、挑戦でもある。
その挑戦をやめるのなら、自分を成長させることも
諦めるのと全く同じことになる。

「大人になる」ってその逆だ。

新しい挑戦、しなかったら、
どんどん老けていくんだぜ。

何を選ぶかは、その人次第だけど。



















[PR]