カテゴリ:【日記】つぶやき( 37 )

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upside down World Map

見慣れたはずの形も、向きを変えるとまるで違うものに見える。


オーストラリアにいた頃、「自分の国に印つけてね!」と渡したところ、ほとんどの人が「探せない!?」と。逆さまだと難しくなるよね。
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「“借金と貯金の共存”というのも有りですよ。」

上の言葉は、あるファイナンシャルプランナーの方の言葉。
著書もたくさんあり、わたしも数冊読ませていただいた。
本の中では、数々の「お金の問題」に的確なアドバイスをし、ライフスタイルの根本から見直す方法が書かれていた。

わたしにも、学生時代に学費・生活費の一部として貸与した奨学金がある。奨学金とは名前ばかりで、返還義務のあるお金のこと。卒業後から毎月、細ーく長ーく返し続けてきた。これも、呼び方を変えれば、借金である。

借金は悪いもの、という印象しかなかったわたしは、返していかなければならないお金がある、というのは肩身が狭かった。奨学金を返還している社会人は少なくないはず。しかし、友人たちとはお金の話なんてほとんどしないし、毎月いくら稼いで返済と支払いしてるかなんて知らない。

毎月の返済があることは、やはり不安。

早く完済しないと!貯金崩して返済を急ぐべき?

と、不安に追い立てられるように焦りが強くなった。そんな時に見つけたのが上にあるFPの方の本。
お金とはどんな道具なのか、また使ったり貯めたりする時に気をつけることなど、わかりやすい言葉で書いてある。また、実際にコンサルティングで出会った人たちの実例も頻繁に出てくるので、立場が自分に近い人の話ほど参考になる。

お金との付き合い方。これも掃除と一緒で、家庭ごとの「しつけ」のように、よその人に教わるものではないと考える人がまだまだ多い気がする。でも、やはりプロフェッショナルの意見を聞くのは、自分の癖を見つけたり見直したり、それによって行動を変える大きな契機となる。

冒頭の言葉は、家計相談の問い合わせをした時に聞いたもの。わたしの話すことを的確に汲み取り、見えなかった角度に光を当てて新しい捉え方に気づかせてくれた。詳しくは、やはり直接会ってから、となったが、たった数分の会話が終わった後はかなり肩が軽くなった。自分の持つ能力を活かして相手の助けになろうというパワーのようなものが電話でも伝わってきたのだった。
もちろん相談は有料だが、初回は無理せずお願いできる金額だった。その機会まで、また著作を読む予定。

そして、冒頭の言葉。
幸い、奨学金は返済利子があってないようなもの。一括返済したところで、毎月のやりくりが逼迫するほどでは本末転倒だし、生命保険に入っているとはいえなにかと口座にお金があった方が融通が効く。
毎月、無駄は省きつつ無理はせず、少し長い目で見てもいいようだ。そう思い返し、不安は減った。






「”無欲であること”は、別に美しくも素晴らしくもない。」

同じ方の言葉。手に入れたいものがたくさんあって、その欲をエネルギーに楽しむ方が健康!やりたいことは、いっぱいあった方が楽しい。お金も道具なのだ。
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始める前から100%目指したら、
なかなか手をつけられない。

やってみて、小さな結果を小出しに続けることの方が大事。


たぶん、最近のわたしは、
その小さな結果にすら
目を向けるのが怖かっただけなんだけど。


そして、これは、
完璧主義とつながってると思う。

とてつもなく今の自分とかけ離れた、
完璧な完成形を目指してて、
その落差があまりにも大きいことに気付いて落ち込んだりした。
(いろいろ抜けてますが、譲れないとこもいろいろあったりするのです008.gif

焦っても、スタート地点は今の自分。

少しずつでもやっていけばいい。





ゆるゆると、でも前に進む気持ちになる、
サカナクションの好きな曲。
アルクアラウンド




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用事があって一時間ほど過ごした公民館を後に、外へ出た。

強かった雪混じりの風は弱まり、山並みが見えた。

ときおり、白く広がる平野をからかうように、風が表面の軽い雪を舞い上がらせる。

空には重たそうな雲、隙間から除く青。

この時期の青空は貴重だ。

また強くなる風に頬を叩かれながらも、その色が喜ばしい。

なぜかふと、

ああ、あたしはここで暮らしていくんだなと実感が湧き上がる。

なにかの決意にも似た思いで、帰り道を急ぐ。

頬も、毛糸の帽子に隠した耳たぶも、凍りつきそうなくらいだった。

でも、以前のような、絶望にも似た冬への嫌悪感はなかった。

空の青の清々しさと、変化した気持ちを連れて、また帰り道を急ぐ。












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明日までに終わらせることがあって、それに時間をかけていた。
時間のかかること、と始めからわかっていたため、なかなか重い腰があがらない。始めてはみたものの、うーん、どうしよう、と進まず悩んだり。

ふと、「シフォンケーキ作ろうかな」と思った。シフォンケーキは、去年からよく作るようになったお菓子。何度も繰り返し作って、失敗もほとんどしなくなった。卵の白身がふわっふわに泡立って、ふわふわしっとりの生地に焼きあがるのが楽しい。それまでの時間も、香りが台所に漂ってうれしい時間。それに、準備から洗い物まで、だいたい時間も読める。1台なら、何時間もかかる訳じゃない。


が、また思い直した。「明日までのものを終わらせてないのに、他のことに時間使わない方がいいよな〜」と、また机に向かう。
手に付かない。時間が過ぎていく。

もう心に決めて台所へ向かう。
道具をテーブルに出し、材料を計量…と始めたら、生地を型に流してオーブンに入れるまであっという間だった。

手を動かしてる間は、余計なことは考えなくて済む。きっちり材料を計ったり、メレンゲの立て方だったり、目の前のことに集中。

これが、気分転換になってすごく良かった。「やらなきゃ」と思ってることはどうしても気が重くなってしまうけど、必要以上に力が入ってなかなか思うように進まないことが多い。
そんな時に、大好きなことに少しだけ意識をずらす。そうすると、余計な力が抜ける。それに、「好きなこと」をやってる時の、気持ちのあがりようといったら!それをするだけで、エネルギーが補充される!
その後は、やるべきことも進み具合は順調!

だらだらとする時間の方がもったいないな。
やらなきゃいけないこと(同時にあんまり気が乗らないこと)に対する考えの転換、っていうのも、もちろんあるだろうけど、実際に体や手を動かしてする気分転換って具体的でわかりやすい。気持ちの切り替えもやりやすい。

今後のためにも、覚えておこうと思います。
えらそうなこと書きましたが、時間の使い方について考えてた自分に向けて書きました。(汗)



今後もシフォンケーキ焼いていく予定!
ちなみにうちのは、米粉使用、ベーキングパウダーは使いません。顔見知りの方には、なにかの折にお持ちしたいと思います〜。
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(↑2012年10月、友人が主催したイベント時のもの。)

…独学なので、プロの方に習ってみたいなあ。ごくり。
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今日は、早めに寝ます!

寒さでお腹の調子がいまいち!


体で気になるところがあると、
気持ちまで引きずられそうになる。

モンゴルのローズソルトと重曹を
お風呂に入れて、あったまります!


寒さが続きますが、
みなさまもどうか体に気をつけて。
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昨日の誕生日から、日記をつけることにしました!

手書きで5年日記です!

1ページが1日ぶん、5年間の同じ日の日記が同じページに並びます。

ハードカバーで、ずっしりくる重さ。

5年ぶんの時間を手に持ったような気がして身が引き締まります。

5年後のことを意識させられます。


書き終える頃には、どんな自分になっているか…楽しみです!
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今日は、わたしの誕生日。

わたしが生まれてきてからの時間と同じぶんだけ、両親がわたしの父と母としてやってきてくれたということ。

そして、その二人にもそれぞれ両親がいて、その両親たちにも…
と、数えきれないほどの命がつながれている。
その間の誰か一人がいなかっただけでも、わたしは生まれてこなかった。

そのすごい確率で、わたしがここにいられる。

誕生日って、お祝いしてもらえる日だー!と思いたくもなるけれど、
無事にこうしてまた誕生日を迎えられたことに、ありがとうって言う日。そう思った。

ここ数年は、オーストラリアと北海道で誕生日を過ごし、地元で迎えたのは5年ぶり。
なんていうか、もう一度、自分の根っこを確認した日でした。


おまけ。
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2012年の誕生日は、北海道の友人のところで迎えさせてもらった。写真は、その時に買い込んだケーキ!(あ、みんなで食べました汗)
北海道は、ケーキとパンのおいしいお店がたくさんありました…。だって、おいしい乳製品に小麦粉、砂糖が全部揃うんだもの!!ああ…また行きたいよ~。









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物事って相対的。


あああああ〜!!わかる!!わかるよ!!
と、勝手にものすごい量の感情移入をしたのは、映画「南極料理人」。
初めて観たのは、一昨年。おもしろいと聴いていて、DVDを借りてきたのだった。

オーストラリア、瀬戸内と経て実家の酒田に戻ったのは2011年の11月も下旬。数年を東北の冬を越さずに過ごした身は、日を追うごとに増す酒田の寒さに、外出する度に腹痛を起こすほど適応できなくなっていた。そして、去年は本当に雪が多かった。日中は灰色の空からどかどかと真っ白い雪が降ってくる。日が暮れるのも早く真っ暗になるのはあっという間。派手な色したオウムがあちこち飛び回る真っ青な空のオーストラリアも、白波なんて台風の時くらいしか立たない穏やかな瀬戸内海の景色ももう過去のもの。目の前に広がるのは、無彩色の景色。冬という囲いにすっぽり覆いかぶされてしまったようだった。

と、自分のことをカワイソウだと思い始めていた頃に観たのが上記の映画。こちらは、正真正銘の極寒の地、標高3800mの平均気温マイナス57℃の南極で越冬するのだ!(ペンギンやアザラシがいるのは、はるかかなた。ここでは、ウイルスさえも生存できないらしい…)しかも、「ムリ!帰る!」と言ったところで(命に関わるなど)よほどでなければ出られない真っ白の世界。そこに一年の任務で滞在する隊員たちの日々を描いたもの。

「こ、この環境よりはマシ…!!」と冬の酒田で生活することにずいぶんと勇気づけられたものです…。


そして、それから少しして、1月の北海道を旅しました。酒田よりかなり冷え込む大地。しかし、本州では見ない備え付けの暖房器具で、室内は暖かく快適なところがほとんどで、電車も二重窓。すきま風なんて吹き込まず、暴風雪の多い酒田の建物や電車もこうだったら…と乗る度思った。10日間ほど過ごし、北海道からフェリーで秋田へ。港に着いた途端、暖かく感じて笑えてくるほどだった。そして、電車で酒田に着き、実家に戻ると…、家の中が寒くて泣きそうだった。ほんとに!!しばらくダウンが脱げず、そしてまた腹痛の続く日々に逆戻り…。
今年はようやく体も慣れたようだし、去年ほど冷え込みはひどくないから体も平気です。

オーストラリアにいた頃、41.6℃の暑さを経験したことがある。もう、意味がわからないくらいだった。それからほぼ1年後には北海道でマイナス19.8℃の中に立つ。温度差60度以上!!



でも、ここで思ったのは、「なにかを感じる時には、その前のことが大きく影響している」ということ。

ここで書いたのは、体感温度と温度だけど、目の前で起きる出来事もそうやって判断することが多かったんだろうか?という疑問が湧いた。
比較することで、対象の特徴をあきらかにすることもできるけど。

比べることに必死で、物事の本質、見落としてないかな…。


…今日は、答えが出ません。
また、いずれ。
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長い長い旅と暮らしのはざまを見つけたような日。

旅が終わるのは、決して「現実に戻る」のと同義ではない。
旅も、現実の続き。
足跡は、必ず残る。
そして、次の行き先を目指す。


2011年 瀬戸内海の直島に住んでいた頃の日記から。
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勤務先の美術館は、今日は休館日。
フェリーと電車を乗り継いで、
東山魁夷せとうち美術館へ行って来ました。

今回の展示作品は、東山魁夷が
北欧を旅し、その風景を描いたもの。

スウェーデン、デンマーク、フィンランドと
そこに広がるのは、懐かしい色でした。

わたしがスウェーデンですごしたのは半年。
そこからデンマークやフィンランドへも旅をした。
冷たい、真っ暗な冬から、
陽射しが皆を誘い出す春、
白夜の始まる夏、、、と
体の細胞全てで感じた空気を、
一瞬のうちに思い出させた、彼の作品。

「誰にとっても同じ風景というものはない。
 見る者によって、風景は異なる。」
という言葉を残した作者。

日本からロシアを隔てて向こうの北の国で
呼吸をしていたのは、もう10年も前のこと。
記憶が薄れていくのが寂しかったけれど、
あの時、わたしは確実にそこで生きていた、
実感みたいなものを与えてくれた。
彼の描いた北欧は、私が歩いてきた道程を、
ありとあらゆる感覚を、鮮やかに思い出させてくれた。

他には、日本(を描いたと言われている)の
海を題材にした作品もあった。
波の動き、しぶき、そこには音まで聞こえてきそうだった。




この美術館は、一階のカフェの大きな大きな窓が、
瀬戸大橋が大きく見える場所にあって、
これも一枚の作品のよう。
快晴だった今日は、瀬戸大橋も大きく見えて雄大。


帰りのフェリーでは、夕日から夜の色に変わる空が見えた。
目の前のことと、美術館で観た作品の色、
遠い記憶、新しい居場所、
いろいろ入り混じって不思議な気持ちだった。
島を縫って進むそのフェリーは、
わたしが今住む島へ連れていく。

港に降り立ち、借りた青い自転車を走らせ、
もう見慣れた坂道を登る。
途中、海の向こう、高松の明かりが見える。
水平線をふちどるようにして、さざめく光。
深い青と水面に反射した光の上を行きかうフェリーの汽笛の音。

生まれ育ったところとも、
今まで住んだところとも違うけれど、
この道を通ると静かな安堵感が浮かぶ。

いまだ旅を続けているような気持ちも、
やっと生活に慣れてきた気持ちも両方持ったまま、
自分の部屋へ戻った。

2011.08.11
















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