カテゴリ:【むかしむかし】Australia( 3 )

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突き抜けるような真っ青な空の下、
乾いた大地に赤く横たわるウルル。

この近くの町には4ヶ月ほど暮らしました。
その時の話は、また今度。


Photo taken by Kyoko April 2009
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あなたは、バナナなんかこの世から消えてなくなれ!
なんて思ったことはありますか?
わたしはあります。

オーストラリアのバナナファームで働いていた時です。
くる日もくる日も青いバナナの大群に追われ、病んでしまいそうなほどでした!

オーストラリアのワーキングホリデービザは、農業や漁業、建設業など特定の分野で一定期間仕事をするともう一年滞在できるビザを申請する権利が与えられます。(セカンドビザと呼ばれます。)
わたしもセカンドビザを申請するため、ファームで働きました。

人の手が入るとはいえ、自然が相手の農産物。時期や場所によっては仕事がなくて滞在費・食費で全然稼げなかった!という話も何度もきいたので、わたしはかなり恵まれていた方でした。
すぐ仕事が見つかったり、働いていたところが規模の大きいファームだったため、仕事もしっかり与えられて稼げたのです。
まだ暗い早朝、大勢乗り込む古いバンに揺られ、ぐねぐね曲がり道を進みます。そして、両脇にバナナの木が生い茂る道に来ると、職場はもうすぐ。
それから一日立ちっぱなしでバナナを相手に仕事をするのは、心身ともに答えるものでした(泣)それが週5日!耐えられず出て行く人も!


どんな仕事をしていたかというと…
はじめはバナナの選別!
のちにバナナの箱詰めもしました。


ファームから刈りとってこられた巨大なバナナのふさは、
だだっ広い屋根付きの建物に運んでこられます。
そこから小さなふさにわけられ、
また、長さ別にわけられます。
わけられたバナナは、
消毒などの薬品の入った槽に浮かべられます。それはベルトコンベアで動いていき、途中で傷のついたバナナなどを取り除いていきます。
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ばらばらだったバナナは、こんなふうにまとめられ、ベルトコンベアの一番後ろ、箱詰めの担当に流れていきます。

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Packerと呼ばれる箱詰め担当!
一箱14kgを一日 数百上げ下げするので、体にかなりの負担!!しかし、何個以上詰めるとお給料に反映するので、ここの仕事は花形で人気があった!誰でもがなれる訳ではないのです…!!


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こんなふうに組み立てられた段ボール箱も上段のベルトコンベアに流れてきます。
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きれいに詰めないと、ふたがしまらない。揃えて詰めないと、売れなくて戻されることもあるのです!なのでこの後に箱詰めをチェックする人もいます。

そして、出荷されていきます。

スーパーで、自分の働くファームのバナナ(箱があったのでわかった)を見た時は、うれしいような憎たらしいような気持ちで複雑な思いをしたことを覚えています(笑)
青いバナナなんか二度と見たくない!!と、一時期バナナが全く食べれないこともありましたよ…。
今では大丈夫!

でも、このバナナマネーで次の目的地ウルルにお金の心配なく行けたのは間違いありません。贅沢しなかったからじゅうぶんに貯金できてたし!今でも使ってるiPodも、このバナナマネーで購入。バナナさまさまです…。


ちなみに、青いバナナはものすごく硬い!ぶつかるとえらい痛い。
バナナを投げ合う女二人のケンカを目撃しましたが、
あれは当たったら相当痛いだろう。。。

たかがバナナ、されどバナナ。



…気合いをいれるために、バナナに向かう前に聴いたうちのひとつ。
中島みゆきの「地上の星」


バナナ…


















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もうすぐ今年も終わり。来年の目標は…といいたいところだが、今度はちょっと違う目標設定の仕方をしたい。

「これから10年後・20年後にどうなってたいか、なんて考え方は違うんだよな。10年後や20年後の自分から今の自分を振り返って、こうなるにはどうしたらいいか考えるんだよ。そうすると自ずとやるべきことが見えてくるから。」

これは、オーストラリアで出会ったある人の話から。その頃、これから先をどうしようか考えあぐねていた。だから、この逆の発想がずいぶん心強かった。将来のわたしから見たら、今のわたしが不足しているなんて当然。これから補えばいいと思えたから。

ワーキングホリデーも2年目が終わろうとしていた頃、学生ビザを申請して最後に英語学校にもう一度通い始めた。ビジネスビザの話もあり、その後の進路を決めかねていたのもあった。その結論を迷いのないように決めたいのもあったし、自分の英語がどこまで伸びたかを試すためにも学校に行くことにした。

その学校は、宿題の多さで有名なスパルタ校だった。しかし、教えることの本当に好きな先生たちが揃っている環境で、学びたい欲をものすごく刺激してくれた。
その中でも、ちょっと違う存在感の先生がいた。40代後半くらい、いつも、もじゃもじゃのグレーの髪に、おおきな眼鏡、あまり笑わない口元。それがジョージだった。(そういや、英語学校では先生のこともファーストネームで呼んでた)

生徒たちからは、変わってるという評判だったが、わたしは授業の進め方や、合間に語られる彼の人生観に関する話が好きだった。放課後の追加の授業も進んでとっていたが、他に生徒はいなかったり、途中から来なくなったりした。それで、授業はほとんど二人だけだった。だから、よく彼の話も聞かせてもらった。

ジョージは、ギリシャからの移民で、家族と一緒に10歳の頃にオーストラリアにやって来たそうだ。彼は、高校を出た後、多くの移民がそうするようにタクシーの運転手をしていた。が、ある日、乗客から「タクシーの運転手なんかやってる奴らは頭が悪いんだ」と馬鹿にされ、大げんかしたらしい。最後には、「そこまで言うんだったら、大学を出て英語教師になってやる!」と啖呵を切ったそうだ。(言った後もその客は「絶対、無理だ!」と言ったらしいが…)
それから本当に、大学を卒業して英語の教師になった。
「あの時は、本当に頭に来たけどね、大学に行ってよかったよ。今でも運転手をして同じ生活をしてかもしれないなんて、もう考えたくないね。教えることが楽しいからね。」

その頃は、今より若かったのもあり目先のことしか見えてなかった、と言っていたが、頭に来たことで人生を方向転換させたってすごいエネルギー。英語教師歴も長くなり、上級のクラスも受け持てるようになって、やりたかったこと・ここでできることは全部やったらしい。それで今度は、また大学の授業をいくつか履修して別の仕事をしたいとも言っていた。その関連の本も空き時間に読み漁っているようだった。(わたしにも「本はたくさん読みなさい。」といつも言っていたな。)

日本じゃ(もしくは地元では)、こんな「フラフラしてる」おじさん会ったことなかったもんな。「フラフラしている」と言われるわたしが親近感を持ったのは、そういう理由もあったかもしれない。でも、それって、決していつも「途中で投げ出す」とイコールではない。自分で決めたことを全部やり切ったから、次へ移る。
もちろん、長年同じことを続け見える境地もあるだろう、それも有り。でも、たくさんある興味をそれぞれ突き詰める好奇心と行動力がもたらす境地もある。変化が、数十年後の自分から見て必要なことだったら?それも有り。

これから先、10年後、20年後はどんな自分になっていたいか。そこに到達する過程の一年が来年2013年。
よく、学校で「来年の抱負」って書かされたけど、なんかよくわかってなかったもんな。どこへ行きたいのかわからないまま、交通手段は選べない。


わたしが、来年すべきことは?
…考えすぎでも動けなくなるタイプなので、とりあえず動いたり休んだりしながら考えます。また、楽しいことやらかしますよ!!
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