カテゴリ:【これ見た!】映画・ドラマ・舞台( 18 )



d0258949_23365361.jpg
「過去にこだわらずに前を見て進むべきだ」
「そんなことは忘れて、現実を見るべきだ」

一見、前向きな言葉に聞こえはしますが、
その”過去”が本当に許し難い出来事だったら?
無理矢理突きつけられた現実を耐えて、
生きてこなければならなかったとしたら?

最初の言葉なんて、他人ごとだと思ってるから言えるんだ!
手放さなければならなかったもの、
本当に自分にとって大切なものならば、取り返しに行くべき!

思い出でも、感情でも、なんでもかんでも捨てればいい訳じゃないよな…

そんなふうにも考えた。


映画『黄金のアデーレ』を観ました。
主人公のマリアは、アメリカに暮らす82歳。
姉を失くした彼女は、ある依頼を弁護士に持ち込む。
それは、最も有名な画家の1人、クリムトが描いた肖像画を
ウィーンの美術館から取り戻すこと。
そこに描かれた女性は、彼女の叔母だった!

…というストーリーが実話!!

以下、ネタバレ含みます。














戦利品(というか一般市民から強奪した)を、後の国の財産として
誇ったことがあったこと、
そして主人公マリアの下の戦争を経験していない世代で
彼女が起こした裁判に否定的な人たちもいたこと…
そういう事実にも驚いた。
今でも多くの美術品が、その持ち主だった人物やその家族の手元に戻っていないそう。

好きだったシーン:
・弁護士シェーンベルクの、「はじめはお金目当てだった」という後ろめたさを
彼の奥さんにもらすところ。お金と割り切ってしまわないところや悩むところが人間臭くて良かった。

・最高裁でのシーン
やりとりにユーモアがあるってすごいな!
裁判長(というのかな)が、緊張したシェーンベルクをリラックスさせようとしていたのも見えて。





ダニエル・ブリュールの知的なおでこと、
外国語訛りの英語が好きです。


こんな記事もあった! 『無人の部屋に70年間家賃を払い続けた女性。彼女の死後、部屋を訪れると…』
ものを残す、捨てる、っていう捉え方が少し変わるかも。


へばのー!!




セルフマガジン『こまつきょうこBOOK Vol. 01』
Web版 こちらで公開中

こまつきょうこ HPに新トピック追加!イラストが、みなさまのお役に立つ時

*似顔絵、挿し絵、漫画など…お問い合わせください☆
komatsu.kyoko@gmail.com





















こまつきょうこ



[PR]
d0258949_00122604.jpg
「女子会」とは、女子だけで集まることなんだけども、

いつまでも ”女子” でいられると勘違いしちゃいそうな魔術的集会かもしれない…

と、ドラマ「オトナ女子」を見て思った。


ドラマの紹介HPには、以下のような一文。
いくつになっても“女子”でありたい。“オトナ”になっても“女子”であることを諦めない。

ここでの”女子”の定義とは…。みなさんは、どう思いますか?


ドラマに関しては、出ている女優陣も、好感持てる女性たちだし、

設定やストーリーも、必ずうなずいてしまう場面があるのも苦笑しつつ楽しいのだ。

ただし、主人公たちが毎回行う”女子会”のはしゃぐ姿に、「わー…」と体感温度がじゃっかん下がる。
素敵な男性に明らかに浮かれた姿を見ては、「あちゃー」と少し引いてみたり。

やはり心のどこかで「これはヤバい」と自分の身に置き換えては、背筋をゾッとさせつつ観ているのだ。

若いと許されることでも、もはや30代40代では許されないどころかイタいことも多い。

だから慎重になるのもわかるのだけど。

自分のことを”女子”と言い続けると、成長しなくても許される部分を多めに残したいような印象。

初回の前回も、2回目の放送も、観終わった後に

自分のことを振り返りすぎて、モヤモヤするんだよ!!

たぶん、今まで見たくなかった部分をほじくり返されてる気分でもある。(爆)

で、また来週見るんだろう。

怖いものみたさだ!!





イエイ!




こまつきょうこ HPに新トピック追加!
イラストが、みなさまのお役に立つ時


*似顔絵、挿し絵、漫画など…お問い合わせください☆
komatsu.kyoko@gmail.com

「こまつきょうこ、ってどんな人?」
自己紹介冊子:『こまつきょうこBOOK Vol. 01』 Web版 こちらで公開中!



[PR]
d0258949_19182436.jpg
JPC 第14回 東北・北海道ボディビル選手権大会
(↑詳しくは、こちら!)

d0258949_19174846.jpg
筋肉質な人は男女ともかっこいい!!と目で追ってしまう自覚はあった。
でも、「ボディビルディングの大会を見に行く」となると、
まるで別世界に行く気分!
(数年前にも誘われて行かなかったのに、海外へは何度も行った。
パスポートの必要な場所へ行くよりハードル高かった。

しかし!

今年は違った。
わたしの知人と、友人の息子さんが出場。
ついに観戦を決めた!(友人も初めて)

d0258949_19175055.jpg
開場時間が過ぎてから到着、あっという間に前の席は埋まっていたよ!!

d0258949_19175369.jpg
例年、女性客の割合が多いそうです。


つづく!






イラストレーター こまつきょうこ HP 
はこちら!
[PR]
d0258949_22502977.png

正直なところ、あれ、っと思った。
「見せてくれる」一本だと思って席についていたけど、
見ながら、どんどん話の中に自分から入り込んでいかないと
ついていけなくなる作品だった。(わたしにとっては)
なんていうか、素直にもう一回観たいというより、
理解するためにもう一回観たい感じ。

印象的だったのは、カメラワーク。登場人物の目線の高さほどで、ずーっと流れるようだった。
それが、主人公の妄想さえ入り交じるストーリーを気味悪いくらい、
「自分が現実で妄想しているんじゃないか」という錯覚をさせるようだった。
その中、戦い合うような出演者たちの演技と、音楽の振動がすごかった。
特に、エマ・ストーンの演技はかなりの存在感。

彼女が演じたサムが、父親である主人公リーガン(マイケル・キートン)と口喧嘩をしたシーン。
世間からも落ち目の俳優と言われているリーガンは、過去の栄光に囚われたまま。
”有名人”なのにTwitterもFacebookもしない。
ブロガーなんて全否定らしい。ネットの世界に触れてもいない。
そんな彼に、サムが放った言葉。
”否定するものの中にさえ、あなたは存在すらしてない!”というような内容。

映画観てて、そこが一番腑に落ちた。
自分の一番身近な出来事に触れたというか。

そうなんだよな。
SNSなど、ネットの世界はフェイクな世界、と言われることはあっても、
それを使うのもリアルの人間。
FacebookもTwitterも、ブログも、全てはリアルな誰かへの入り口なのだ。


映画では、主人公のリーガンのあるシーン(偶然というか事故というか…)が、動画サイトにアップされた。
その動画は、膨大な回数再生され、結果、彼の出る舞台のチケットがソールドアウト!ということにつながる。

またその舞台で、とんでもないことが起こり、主人公は入院。
娘のサムが、彼名義のTwitterアカウントを作り、彼の包帯姿をアップする…(本人も反対はしてなかった)

と、自分が否定していたネットの世界で
心の底から欲していたリアルでの賞賛も手に入れることになる。

(これは、この映画のたくさんある捉え方のうちの一つだと思う。
 きっともっと、観る人によって答えはたくさんあるだろう。)


わたしもね、ブログ、HPと始めてから、世界観というのが全く変わりました。
会ったことのない方から、HP見ました、とイラストを頼まれることになったり、
ブログの◯◯の雰囲気で描いてください、と注文をもらったりすることになったのです。
こちらが発信することで、それを見つけてくれる人が何倍にもなった。
これって、目の前の世界だけに拘っているだけだったら、全く知らなかった世界。

ブログを始めたきっかけは、リアルでお会いした方だったけど、
その方も何年もブログを更新続けて、「好き」を仕事にした方。
それは、カメラマンでライターのかさこさん。
そのかさこさんが、上に書いたことをすっぱりブログにされてました。
『なぜネットで発信するといいかって?狭い人間関係を抜け出し、自分に合う人とつながれるからだよ!』
気になったら、こちらも読んでみてくださいな。



『バードマン』予告編
予告編でめっちゃかっこいい曲は、本編でどこへ行った…わからなかったよ…





イラストレーター こまつきょうこ HP 
はこちら!
[PR]
人生初の、シルク・ド・ソレイユのパフォーマンス。

盛大なフィナーレを迎え、大きな拍手が沸き上がり、
キャストたちがステージから去っていく。

会場が徐々に明るくなり、自分の体に意識が戻ってくると…
d0258949_11393486.png



演目のいくつかは、もちろんYouTube等で動画を見ることもできるけど、
あの場にいて、目の前で繰り広げられる衝撃とは、全く比較にならない。

好きだった演目は、オーバロとウオール!
オーバロは、本当に美しい!
対してウオールは、バッタがメインの力強い演目。超派手な動きと、
その隙を動く色っぽいクモに目玉がひんむけるかと思った。

あと、キャストの体型も役をそれぞれ表していた。
背が高く手足の長い人がバッタ役、スカラベ役にはがっちりした体型の人など。
風神雷神のような体型や、妖精みたいな体型、身長や動き方の特徴など、本当にさまざま。
どんな体型も、極められたものって本当に美しい。

また見たい!

d0258949_12292326.png







2016年の日本公演、発表になってましたね。
『トーテム』人類の進化をテーマにしたものだそう。
日程の詳細は、これから公表されるそう。楽しみ。

世界各地を巡回公演するものと、常駐で公演されるものがあると先日知った。
ラスベガスは、その常駐での作品が数種類あるらしく、
しかもそこの施設でしかできない演目もあるらしい。見に行きたい!


そういえば、ステージのキャストに渡せる花束、ってのを売っていたな…。
近くで手渡しできて、しかもハイタッチとかしてもらってたぞ…。
1束1,000円です。やってみたい人はぜひ!


イラストレーター こまつきょうこ HP 
はこちら!
[PR]
d0258949_00543920.png

ビッグトップと呼ばれる、大きなテント型の会場。
中の観客席は、少しずつ傾斜がついていて、
やはり見やすいように設計されている。
今回は、どうしても間近で観たくて、前から3列目の席をゲット。
シルク・ド・ソレイユの会場について書かれたブログを
あちこち読んでみたら、席の「見やすさ」というのは
見る人の好みで決めていいみたい。
全体を見渡したいから、真ん中より後ろがいいとか、
迫力を重視したいから、いくらでもステージ間際へ!など。
開演までの時間、舞台のそばをぐるぐるまわった。
円形に近いステージは、どの席に座っても、
その角度での楽しみ方があると思う。


開演間際になると、客席の通路を、キャストたちが歩き回る!
椅子に座る観客たちをいじったり、笑わせたりしてた。

わー どうしよ。
きっと面白いことしてるんだけど、こういうノリついていけるかな。

なんて、ノリの悪いわたしはまだ腰が引けていた。



しかし、開演直後…
d0258949_00575025.png
d0258949_01255687.png
d0258949_01260023.png

ドカン!と頭なのか体の中なのか、
爆発のようなとてつもない衝撃を受けた。
血液も全て逆流しそうだった。

目の前で起こること全てが、これまで観たことのあるもの、
経験してきた事柄のありとあらゆるものと、違い、
感情のメータの針が振り切れた。
そのせいなのか、涙が流れっぱなしだった。
よくこれだけ出るな、ってくらいひたすら流れた。
(端からみたら、何か悲しい思い出引きずって観に来た人だ 爆)

自分が何を感じているのかわからないほど、
目の前に広がる世界に、何もかも持っていかれ、
時々起こる拍手の渦に、やっと自分の体を思い出すくらいだった。


続くよ!



追記:チケットは、”フジテレビ ダイレクト”で購入。席の指定購入ができ、
チケット引き渡しは、当日会場の発券機で受け取り可能(無料)。支払いはクレジットカード可。
コンビニでのみ発券できるチケット販売サイトもありましたが、手数料がかかります。
ちなみに、他に席指定で購入できるサイトは、楽天やローソンチケットなどもありました。
サイトごと、空席のある日時や席番が異なるので、比較してみる方がいいです。
開催日が近くなっても、意外と好みの席が見つかったりします!

チケット料金は、大人 平日 ¥12,800、土日祝日 ¥13,800でした。





イラストレーター こまつきょうこ HP 
はこちら!
[PR]
イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』を観てきました。

これ、まだ近くの映画館で公開中なら、ぜひすぐみてほしい!!

あらすじは、実在の人物を元にしたもの。
主人公は、天才数学者のアラン・チューリング。
そして、これは、国の行方とその後の世界を大きく変えたにも関わらず、
イギリスの重大機密として功績を隠され続けた天才の話。

ざっくり書くと、第二次世界大戦で敵国ドイツの暗号を破るため、
その天才数学者、アラン・チューリングはイギリス軍の解読チームとして雇われる。
そこで作った暗号解読機は、後にコンピュータの基礎となった。

見てほしい!とか書いて、ここから先はじゃっかんネタバレなんだけど…
(まだ見てない人は、後から読んで!)













映画観終わった後は、もう、どうしようもない感情に襲われた。

なんで一人で全部背負ってしまったんだよ!
元婚約者が、手を差し伸べてくれたのに!
せめて、せめて、もっと静かにひっそりとでも生きていてほしかった。

ラストシーンの、刑事との会話に全て凝縮されていた気がする。

Now you decide,
am I a machine?
Am I a person?
Am I a war hero, or am I a criminal?

己のやるべきことに忠実にいたがために、時に精確な機械のように冷酷に見えた彼のあちこちに、
本当は、ものすごい人間臭い部分が溢れていたのだ。

彼が生きた時代は、同性愛は犯罪。
初恋も相手の死によって離ればなれになってしまい、
そしてその気持ちもひた隠しにしなければならない。
また、彼の作ったマシンが、たとえ戦争終結を早めたとしても、
その仕事に関わっていたことも、開発者本人だということも、
決して漏らしてはいけない。
暗号解読チームとして一緒に働いた仲間とも離れなければならない。

戦争が終わり教職に戻った彼は、自宅でも新しいマシンを作る。
そこに、初恋の人の名前をつけて。
きっと、そのマシンに関わっている時だけが、孤独を感じずに済んだのだと思う。
だから、元婚約者のジョーン(キーラ・ナイトレイ)が
彼を心配して会いに来ても、頑なに助けを求めなかったのだろう。

いや、でもね、ほんとうにね、ジョーンの立場からしても、苦しい。
近しい関係になっても、少しも頼ってもらえないのって、
ちょっと悲しかったりする。

彼女の役も、とてもよかったな。出過ぎず抑えすぎず絶妙な演技だったと思う。


誰かが何かを生み出そうとする時、
「こうあるべきだ」とか「こうしないとおかしい」と邪魔をする言葉は
いつの時代も、どこの場所でも周りから発せられるものなんだなーと思った。






ちょっと話は変わるのだけど、やはり、ヨーロッパは「個」をとても尊重する文化なのだと思った。
この前見た『博士と彼女のセオリー』(イギリスが舞台)でも、
「あ!」って思うシーンが結構あった。
介護が必要になったホーキングが部屋を出ようとする時、ジェーンが手伝うか聞くシーン。
「大丈夫」と答えたホーキングに対し、ジェーンは視線を送りつつも彼が一人で移動していく姿に
決して手を添えることはなかった。
え、これ本当に手伝いいらない?え、いいの?とわたしの方がハラハラしたのだが、
でもここで手を出したら、おせっかいどころか、子供扱いだよな、とも思った。
ヨーロッパに滞在したのは半年くらいだったし、あとはアメリカやオーストラリアと
場所はバラバラだから一概に言えないけど、時々そういう文化が懐かしくなることもある。
大丈夫ですか?手伝い要りませんか?ときかれた時に、YesかNoなのか。
Yesなら、何を頼むのか、そういうことをものすっごいハッキリさせとかないと
大変だった記憶がある。

余談。長い。

このアラン・チューリングを演じたカンバーバッチ、
以前はホーキング博士を演じたこともあるようだ。
今度みてみよう。


映画観てから数日経っているのに、いまだに余韻が反芻される。
内容に付随するいろんなことを広く考えてみたり、
そこから深く潜ってみたり…
こんなふうに、物事の見方をそれまでと変えてくれたり
広げてくれる映画、ってなかなか出会えない。
こういう作品こそ、いいものなんだと思う。




今日は文字だけ。
へばのー

[PR]
12年、って振り返るとあっという間だけど、
実際はとても長い年月。
特に、6才から18才までの間なんて、
体も、取り巻く環境もものすごいスピードで変わっていく。

文字通り、その時間の流れを映画に収めたのが、『6才のボクが、大人になるまで。』
主役の家族役の4人が、12年を通して同じキャスト!

結論!もう一回映画館で観たい。DVD出たら欲しい。


予告編(日本語)
予告編(英語)

あらすじは、予告編をみてみてね。

ここからネタバレあり。



先日のブログに載せた漫画もあったせいか、
大人の事情に、生活の全てが左右されてしまう頃の主人公に
完全にどっぷり感情移入してしまっていた。
子供の言うことの方が、真実を突いているのに、
それをどうにもできない大人の悲しい顔とか、
この年齢になると両方見えてしまう。
ああ、あの時の親の顔って、こういう意味だったんだ、と納得する場面も何回かあったな。

姉と弟という構成で、弟の方がメインに描かれていたので、男女差は多少あれど、
10代で、初めて恋人ができた時の、好きだけどなんかうまく付き合えない、とか、
友人たちと過ごして夜遅くに帰ってバツの悪かったこととか、
ちょっと悪いことをしてしまった時の親の怒ったような悲しいような顔だとか、
映画の中で起きていることにしょっちゅう心臓をつかまれてしまっていた。



ハリーポッターの最新刊発売に並んだりだとか、
当時、実際に流行っていたものが出てきたのも楽しかったな。


高校卒業の間際になって、それまで付き合っていた彼女(超美人)と別れて落ち込んだメイソン。
「彼女は、僕が写真を撮ることも好きじゃなかったんだ」と、彼女との付き合いがどんな風だったかを父親に話すシーンがあった。
父親は、「お前のことをわからない奴なんかと別れて正解!」と元気づけるのだが、
これにはおおいに賛成。
相手の一番好きなことを否定する奴なんかと一緒にいる必要なんかないよ!!と。




父親役のイーサン・ホークも、母親役のパトリシア・アークエットも
好きな俳優なので、ツボです。

イーサン・ホークは、同じ監督のリチャード・リンクレイターの作品、※”ビフォア シリーズ”にも出てますね。
※『恋人までの距離』、『ビフォア・サンセット』、『ビフォア・ミッドナイト』の3作品。
20代で出会った男女を、2作目で30代、3作目で40代を同じ二人が演じる。

『6才の…』と、この作品に共通するのは、実際にかけた時間のぶんだけ、
本当にずっと一緒にいたような間の取り方なのだ。とっても自然。


あと、イーサン・ホークのちょっと頼りなげに枯れてく感じが良いな…。




メイキング(英語)



もうひとつ、別の映画も紹介。
こちらも、子供が主役で、実在の天才チェスプレーヤーの子供時代を描いた作品。
『ボビー・フィッシャーを探して』1993年
周りのサポートもあるけれど、本人の賢さと公正さ、
何よりチェスをしたいという気持ちにハッとさせられる。






イラストレーター こまつきょうこ HP はこちら!




[PR]
d0258949_01183821.jpg

映画『オン・ザ・ロード』

予告編 (Youtube)

ジャック・ケルアックの小説、「路上/オン・ザ・ロード」を映画化した作品で、
彼が全米各地とメキシコを旅し、その実体験をもとにしたストーリー。

主人公、サルは、旅の中で、まるで破滅的な暮らしを送るのだが、
書くことは欠かさない。しわくちゃの紙と、ちびた鉛筆で毎日書き留める。
いずれ本を仕上げるため。

酒にマリワナ、セックス、仲間との旅、新しい場所と人との出会い、
全てが濃密で混沌としている。

旅が長くなるに連れ、それぞれの旅の終わりが見えてくる。
ここが終わり、と去るものもいれば、
終えることを出来ずさまようものもいる。

そして、サルの旅の終わりと次の始まりの間で現れるシーンが好き。
一人きり静かにカウンターに座っている。おびただしい数の物ものが彼の周りに
広がっているのだけど、理路整然と並べられている。
まるで、彼の集めてきたさまざまな物語が、まだ小さなメモ用紙やバラバラの紙の上にあるのに、
彼の頭の中ではそれぞれが決まった位置に置かれ、全ての物語が見えていると象徴しているようだった。
それまで、常になにか熱を発するような「動」の場面がずっと続いていたから、
この静かな空気がなおさら強調された。

もう一度観るには、ちょっと体力がいるかな。笑

エイミー・アダムスとヴィゴ・モーティンセンも出ていたり、
主役以外の登場人物たちの個性もみどころ。




「どこかへ行くのか?それとも移動しているのか?」
「移動している。」

サルがヒッチハイクしたトラックの荷台に乗せてもらい、
そこで会った老人にきかれた質問がこれだった。
あの時、わたしだったらなんて答えただろう。














[PR]

昨日、5月1日はF1ドライバー アイルトン・セナの命日。

彼の偉大な業績は、改めてここに書く必要もないほどだけど、
映画『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』で、
わたしは改めて、彼の成し得た業績とその人柄を知りました。

ストイックにレースに向かい、闘争心をむき出しにするけれど、
本当に繊細で優しい人柄。
セナについてもF1についてももっと知りたくなる。
映画『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』予告編




F1にぐっと惹かれたのは、この映画の影響大。
映画『ラッシュ/プライドと友情』予告編
対照的な二人のレーサー、ニキ・ラウダとジェームズ・ハントのストーリー。
かなり忠実に事実を描いているそうで、
二人の主人公を演じた俳優たちも、本人たちのイメージそのまま。

F1とは何か、をラウダが説明しとります。
ニキ・ラウダ、Formula 1 を解説。



[PR]