かさこさんを呼びたいと思ったものの、どうしたらいいものか、ぼんやり考えた日々が続いた。

そんな時、友人とある方の講演会へ参加した。
講師は、青森県在住のある有名な方だ。
著書は読んだことがあり、お会いしたいと思ったこともあったものの、なんとなく難しそうだな、と思っていた。青森まで行かないと会えない、とも。

しかし、その講演会で、たまたまお話した方々が、その講師の方をお呼びしたグループだったのだ!
(しかも、喉が渇いて 「水…一杯もらえませんか…?」などとずうずうしくも話しかけた相手でした。)
麦茶と梨までごちそうになり、10分弱の間、本当にたまたま、彼女たちの「動機」を聞くことになったのだった。

「この庄内地方のね、若い方々に、Hさん(講師)のお話を聴いてほしかったの。
なかなかみなさん、青森まで行けないでしょう?だから、ぜひこちらにお呼びしたかったの。」

「はじめはね、お断りされたし、無理かなと思ったの。」

「でもね、いろんな方々に協力していただいて実現できたわ。人のためになることって、するすると、実現するものね。」


そう軽やかに語る目の前の女性の笑顔。
60代くらいだろうか。口元の優しげな皺と、柔らかそうなグレーのショートヘアーが印象的だった。


この講演会自体は、ある団体が主催となっていた。
しかし、はじめに行動を起こしたのは、そこに属さない個人の女性たちだったのである。

講演会というと、大きな企業が主催かスポンサーでついて、、、などと思い込んでいたわたしにとっては衝撃だった。


「…わたしにも、できるかも?」

そう、思い始めた自分がいた。
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# by komatsukyoko | 2012-09-19 22:45
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①実家のとれたて野菜がたっぷり!!

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②夏野菜は、体を冷やすしね。

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③まぶたまで重かった!

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④やっぱり食べすぎでした。
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# by komatsukyoko | 2012-08-12 22:27
本当は、答えなんて知ってるはず。
それを確かめに、わたしは旅に出るのかもしれない。

新しく知る場所も、知っていたはずの場所さえも、
旅に出る前には出会ったことのない喜びや痛みを与える。
その行程は、苦しくもあり、後の喜びにもなる。

新しい会話の始まる瞬間、遠かった世界は近くなり、
ひとりの時、離れた場所や時間へ思いを馳せる。
そして、懐かしい顔に再び会える日、時間は縮まる。

距離や時間の中を、もっと自由に動き回れる。
そうして、動いて、自分の手にある答えをもう一度見つけていく。
日常にいる間は、気付くことのできなかった答えを。


それだけでいい。旅の理由なんて。
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# by komatsukyoko | 2012-07-13 16:31
「顔の心配。」

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# by komatsukyoko | 2012-06-28 20:43
わたし、よく言われます。
いつも元気そう、小さいこと気にしなそう…と。

そういう面も、ある。(見た目の問題でもありそうだが…)でも、それだけじゃない。

考え事があると、家から出られないくらい弱ることもある。その考え込む原因となった出来事を分解して分析、次にどう動いたらいいのかやたらとシュミレーション。もちろん、考えることすら出来ないほど、許容量オーバーのこともある。その時は、ひたすら休む…

「前向き」な人たちは言うだろう、
そんな不毛なことしないで、過去のことは気にせず、これからのこと考えたらいいよ!
元気出して、前に進むべき!と。

それが出来たら、もっと楽だなと、自分でも思う。

でも、なかったことにもできないし、気になることがあったら、自分なりに折り合いつけてから次に進みたいと思う。そういうところがあるから、意識的に一人の時間を取ったりする。大掃除しては整理する時間を。
(そういえば、年をとるにつれ、周りへ相談することは減ったかもしれない。もちろん、聞いてもらうことで救われることもあるけれど、結局決断は一人でするものだし、結果は自分で出すしかないのだ、とも思う。)


立ち止まる。
後ろを向く。
掘り下げる。

そうすると、悩ませる出来事と顔を突き合わせていたわたしは、いつの間にか、自分と対峙している。外の問題で、自分の中の問題が見えてくるのだ。そこに行きつくまでなんて、悶絶。

こんなふうに悩まないようにしている人もいるだろう。理路整然と考えられて、押し進めるだけの力を持つ人も。でももしかしたら、わたしみたいに考え込んじゃう人だっているかもしれない。それならそれで、いいんだ、って伝えたい。立ち止まっても、休んでも、進みたいならまた進めばいい。だから、その次の一歩まで力を溜めておく。はじめの一歩さえ踏み出せば、あとはまた歩いていける。


…と、自分に、一番言い聞かせたいのかもしれない。でも、こんなやつもいるんだ、って、誰かの支えに、少しでもなれたら、それはそれでうれしいな。
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# by komatsukyoko | 2012-06-27 12:54
もっと早いうちから、好きなことは年齢と共に変わってもいいんだと知っておきたかった。そうしたら、もっと楽だったのに。いろいろ試して、それから好きなことや得意なことに気付くことは多い。始めたばかりのことなんて、続けられるかわからない。

例えば、部活。わたしの通った中学では、必ず部活に入るのだが、3年の引退までずっと同じ部活に在籍。転部するなんて聞いたこともなかった。

しかし、高校2年の時、留学先の高校で驚くことになる。放課後のクラブ活動は、コーラス部など通年のものもあるが、運動部は主に夏期と冬期に分かれていた。夏にアメフトで活躍した選手が、冬は室内コートでバスケをする…なんて当たり前だった。(なにかで活躍してる人は、身体能力が高いので、他の競技でも活躍してることも珍しくないのだ)

通常の授業でも、必修科目はあったが、他は選択、「自分で選んで試しながら挑戦できる」ことで、自信を付けさせられた。例えば、わたしの場合、現地の生徒に混じっての英語の授業はほんっと苦手だったが、美術の授業では、常に成績も高かった。いろいろとやってみることが出来ると、自ずと自分の得意なもの、そうでないものが見えてくる。得意なものがわかるだけで、苦手なものに対しての劣等感なんて小さなものになる。

これが、たまたま選んだことでも与えられたことでも、苦手なことだけをひたすら続けたらどうだっただろう。もしかしたら、長い時間をかけて、上達はするかもしれない。でも、「とりあえず」でもやりたいことはやってみて、試せたなら?はじめは効率の悪い、遠回りかもしれない。でも、遠回りしないとわからない経路だってあるのだ。

経歴でいろいろ言われたことがある。高校では英語、大学はデザイン系、卒業後の仕事は学歴に関係あるのもないのも多種多様。転職の数も多い。「結局、何がしたいの?」なんて聞かれても答えられなかった。自分でもわかっていなかったから。その頃は、そういう自分にものすごく劣等感を抱いていた。なんで、周りの人たちみたいに、同じことを続けたり専門を極めようとしたりできないんだろう?と悩んだ。


今、振り返ってだから言えるけれど、わかっていないからこそ、いろんなことを試す時期だったのだ。「これでいいのだろうか」と迷いつつ同じ場所に居続ける。それも一つの方法かもしれない。でも、わたしはそれすら出来なかった。

さんざん試しては失敗もたくさんした。いろんなことが全て嫌になった時期も何度もあった。前に進んでる実感がなかったから。それでも、あの頃のいろんな種類の失敗があったからこそ、やっと(!)自分のことがわかってきた。(生きてきた年数の半分以上かかった…)

もう、うろうろしても迷っても大丈夫!と自分に言えるようになった。やったことのないことなんて、続けられるかわからない。やりたいならやってみればいい。ダメだったらやめればいい。無責任に聞こえるかもしれないけれど、経験から学んだ方が確実。やってみて初めてわかることがたくさんあるのだ!大人も、盛大に迷えばいいと思う。
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# by komatsukyoko | 2012-06-22 00:53
たまたま付けたテレビに映るAKB48のライブ映像。彼女たちのパフォーマンスを今さらながら、初めて目にした。

もう、目が離せなかったのだ!大きな会場の広いステージ上に、渾身の力を込めて立つ大勢の女子たちから!今まで、彼女たちの曲にも、歌う姿にも興味はなく、これが本当に初めて。もちろん、見た目のかわいさだって目を引く要素。でも、それは要素のひとつであり、それだけじゃない。メンバーそれぞれに個性があり、(もちろん、そういうプロデュースしてるからだろうけど)その自分の役割を把握して、ステージ上で完全に出し切っているのだ。

時折映るバックステージでは、限られた短い時間の中で次への呼吸を整えたり、衣装の着替え。ライブが後半に進むにつれ、体調を崩すメンバーも。それでも、表のステージに立つことに迷いはない。倒れても、起き上がり、進むのだ。

格好いい!!と、不覚にもそう思った。「アイドルなんて、ちやほやされて軟弱そう」なんて、勝手に思い込んでいた。しかし、そのイメージは全くの間違い、その正反対だったのだ。ステージ上の彼女たちは、まるでアスリートのように、限界以上に努力した者しか手に入れられない瞳をしていた。力強く、澄んだ瞳を。


ライブ終了後、「まだ課題はある。でも、それは一歩を踏み出したからこそ見えた。」と語ったメンバーがいた。今、チームがどのような状態か把握と分析をし、改善点まで導き出していたそのコメントに素晴らしい統率力まで感じた。ここまで来れたから、次の段階を、と「最高」の天井を高くしようと努力し続けるその姿には、すごい!と思わざるを得なかった。こういうメンバーがいると、いい意味で上の方へ引っ張られているはず!

昔は、頑張ってる姿なんて見せたくもないし、必死になるのは格好悪いものだと思っていた頃もあった。しかし、そんなこと言ってられる余裕があるうちは、まだ本気じゃないのだ。彼女たちには、選ばれる、という明快な目標があるのも理由かもしれない。そこへ向かい、苦しくても努力する姿は、やっぱり文句なしに格好いいのである。


…アルバム聞いてみたいと思います!
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# by komatsukyoko | 2012-06-21 00:54
強い人に憧れた。
自信に満ち、泣き言なんて口にしない。苦難を物ともせず、非難を浴びようが、信念を貫いて目的に向ってひたすら邁進する。それが強さだと思い、そうでなきゃ、弱いんだと思った。

やけに他者を意識し始めた思春期の頃、目立つ同級生たちにはその強さが備わっているように見えた。羨ましく、妬ましくも感じ、そうではない自分が疎ましかった。

それは長い間、どこかに引きずったままだった。強くなるために、自分ではない何者かになる必要があるのだと思っていた。

でも、いつの間にかそれほど羨ましくも感じなくなっていた。
悩み続けたあの頃より、年をとったからかもしれない。その間に、涙も、助けを求める声さえも出ないほど打ちのめされたことがある。そんな、立ち直れないんじゃないかと思うくらいの痛みをくらっても、それでも身体中が笑顔になるほど、喜びを感じるのも同じ自分だと、気付いたからかもしれない。どこへ行こうとも、自分は自分でしかないことを思い知らされたからかもしれない。


うろうろしたり、ふりだしに舞い戻ったり、相変わらず、悩んだり迷ったりしている。いろんなことをやってきたけれど、いつでも新しい次の一歩は、怖いこともある。考え込んで、身動き取れなくて、苦しくなったり。でも、それでもやるのだ。


はじめっから、図太くて、何も気にせず、いつも力にみなぎっていたら。ここまでこれたかな。休み休み来たから見えた景色も、遠回りしたから身につけたものもある。強い孤独の中に落ちたことがあるから、人といられる喜びも大きくなる。


今は、昔よりも、自分の弱さを知っている。それはもう、隠すものでも否定するものでもなく、わたしの一部なのだ。それ以上でも以下でもない。弱さを見せないことが強さではないのだ。自分のやりたいことに素直なら、自然と進む力が生まれるはず。そして、その力こそ、自分を強くしてくれる。
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# by komatsukyoko | 2012-06-20 01:09
自分を取り巻く変化の流れが、 まるでごうごうと音を立てているようです。

変わらないものなんて、ひとつもないし、わたしの中心は何も変わってはいないのだけれど。

でも、今までになく、目に見えない小さな変化がたくさんの炭酸の泡のように生まれ続けているのです。
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# by komatsukyoko | 2012-06-19 12:35
先日、待ちに待った返事が来た。もしかしたら、次の仕事のチャンスが得られるかもしれない機会だった。はじめは先方からも好意的な反応…と感じたのだが、その返事は思わしくなく、お互いの条件が合わず、今回は先方にもわたしにとっても見送りとなった。

正直に言うと、かなり落胆した。「これが決まったら…」と、引越し先になるであろうその土地のことを、ずいぶん先のことまで夢想した。その期待が落胆を大きくした。

しかし、気付いてしまった。今回は、4年前のような勢いがなかった。あの時、「なにがなんでもオーストラリアに行くんだ!!」と別の土地へ渡ろうとする、自分でも何故だかわからないくらいのエネルギーが。反対されようが、その時手にしていたものを捨てることになろうとも、自分の中で下した決断に揺るぎがなかった。

どこかで、「誰かに与えられる好機」というものを期待して、自分が今は何が出来て、これからどうしていきたいのか完全に忘れていた。そして、心のどこかで、「なんとなく違う」サインも出てはいた。(はじめの相手の反応に感じたなにかだとか、他にも行きたい場所を考えていたとか)それを閉じ込めて上辺のチャンスにこだわろうともしていた。

馬鹿だなー、自分。ちょっとヤケになりそうだったけど。そっちは、進むべき道ではなかったのだ。手にしてもいないのに、失ったつもりでへこんでちゃもったいない!

心のどこかで、なにかがひっかかっていたら、それは「立ち止まって!」のサイン。そこは無理に押し進めようとしちゃだめだ。そして、頭で考えた「こうした方がいい(得)かも」なんて、大したことないのだ!そんなものは、ありとあらゆるものに見透かされてしまう!

これは、いいきっかけだった!まだ何も終わっちゃいない。しかし、動くのだ。動いて、失敗だろうが成功だろうが、自分なりの結果を少しずつ出してくのだ。その積み重ねこそ、大切な財産となり、今後の自分を育てていくのだ。

…10代の時よりも、20代の時よりも、30代の今の方がチャレンジャーだな!(笑)
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# by komatsukyoko | 2012-06-17 22:30