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移民の多い国に住んでた時は、
「相手は違う考え方の持ち主」とお互い接するのが当たり前だった。
それはそれで、理解し合うのに膨大な時間を費やしたり、
結果的にうまく付き合えなかったりするのだけど。
でも、相手に無理に合わせる必要もなかった。


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同じ考え方、感じ方するのが当然でしょ、という集団が怖い。
異なるものを徹底的に排除しようとする。
正解はひとつで、他は間違い。

これ、とっても不自然だと思う。

帰国してから、いまだ続く逆カルチャーショック。
これは、どうかしたら楽しめるのかしら。





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     ↑なんかよくわかんない理由だったりする。
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こういう人にはお近づきにならない方が身の安全かも。
親切なふりして、相手の勢いを奪おうとする。
自分はなんにもしないから、相手も変化しないよう(言葉で)押さえようとする。
きいてみたらいい。
あなたがやろうとしてること、やっていること、
ちっともやったことがない人だから。
無駄に他人の心配をする人ほど、行動範囲が狭い。
そんなに心配なら毒味でも先発隊でもやって
どうかわたしの身の安全も確保していただきたいところだ。










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人生初の、シルク・ド・ソレイユのパフォーマンス。

盛大なフィナーレを迎え、大きな拍手が沸き上がり、
キャストたちがステージから去っていく。

会場が徐々に明るくなり、自分の体に意識が戻ってくると…
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演目のいくつかは、もちろんYouTube等で動画を見ることもできるけど、
あの場にいて、目の前で繰り広げられる衝撃とは、全く比較にならない。

好きだった演目は、オーバロとウオール!
オーバロは、本当に美しい!
対してウオールは、バッタがメインの力強い演目。超派手な動きと、
その隙を動く色っぽいクモに目玉がひんむけるかと思った。

あと、キャストの体型も役をそれぞれ表していた。
背が高く手足の長い人がバッタ役、スカラベ役にはがっちりした体型の人など。
風神雷神のような体型や、妖精みたいな体型、身長や動き方の特徴など、本当にさまざま。
どんな体型も、極められたものって本当に美しい。

また見たい!

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2016年の日本公演、発表になってましたね。
『トーテム』人類の進化をテーマにしたものだそう。
日程の詳細は、これから公表されるそう。楽しみ。

世界各地を巡回公演するものと、常駐で公演されるものがあると先日知った。
ラスベガスは、その常駐での作品が数種類あるらしく、
しかもそこの施設でしかできない演目もあるらしい。見に行きたい!


そういえば、ステージのキャストに渡せる花束、ってのを売っていたな…。
近くで手渡しできて、しかもハイタッチとかしてもらってたぞ…。
1束1,000円です。やってみたい人はぜひ!


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ビッグトップと呼ばれる、大きなテント型の会場。
中の観客席は、少しずつ傾斜がついていて、
やはり見やすいように設計されている。
今回は、どうしても間近で観たくて、前から3列目の席をゲット。
シルク・ド・ソレイユの会場について書かれたブログを
あちこち読んでみたら、席の「見やすさ」というのは
見る人の好みで決めていいみたい。
全体を見渡したいから、真ん中より後ろがいいとか、
迫力を重視したいから、いくらでもステージ間際へ!など。
開演までの時間、舞台のそばをぐるぐるまわった。
円形に近いステージは、どの席に座っても、
その角度での楽しみ方があると思う。


開演間際になると、客席の通路を、キャストたちが歩き回る!
椅子に座る観客たちをいじったり、笑わせたりしてた。

わー どうしよ。
きっと面白いことしてるんだけど、こういうノリついていけるかな。

なんて、ノリの悪いわたしはまだ腰が引けていた。



しかし、開演直後…
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ドカン!と頭なのか体の中なのか、
爆発のようなとてつもない衝撃を受けた。
血液も全て逆流しそうだった。

目の前で起こること全てが、これまで観たことのあるもの、
経験してきた事柄のありとあらゆるものと、違い、
感情のメータの針が振り切れた。
そのせいなのか、涙が流れっぱなしだった。
よくこれだけ出るな、ってくらいひたすら流れた。
(端からみたら、何か悲しい思い出引きずって観に来た人だ 爆)

自分が何を感じているのかわからないほど、
目の前に広がる世界に、何もかも持っていかれ、
時々起こる拍手の渦に、やっと自分の体を思い出すくらいだった。


続くよ!



追記:チケットは、”フジテレビ ダイレクト”で購入。席の指定購入ができ、
チケット引き渡しは、当日会場の発券機で受け取り可能(無料)。支払いはクレジットカード可。
コンビニでのみ発券できるチケット販売サイトもありましたが、手数料がかかります。
ちなみに、他に席指定で購入できるサイトは、楽天やローソンチケットなどもありました。
サイトごと、空席のある日時や席番が異なるので、比較してみる方がいいです。
開催日が近くなっても、意外と好みの席が見つかったりします!

チケット料金は、大人 平日 ¥12,800、土日祝日 ¥13,800でした。





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ああ。とっても、描かなきゃ、と思った。

つづく。





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自分の信じたいことしか現実だと思えない人は、実際にいる。年齢とか生まれとか性別は関係なくて、どんなふうに生きてきたか、本人が何を選択してきたかっていうのが一番関係してる。


共通してるのは、きっと「甚大なカルチャーショック」を受けたことがない人。トントン拍子にきたんだろうな、と思える優秀な人や、外に全く興味のない人。そういう人たちは、強制的にも自主的にも自分の枠から出たことがない。枠から出なきゃ、そりゃ衝撃なんて受けないよね。そして、その枠の外にあるものは存在すら認めないか否定をしてくる。

こういう人たちにとって、わたしの生き方は、異世界とか異文化なんだろう。そこから短絡的に「失敗」だとか「ちゃんとしてない」だとか「変わっている」と評されることが多い。(もっとぶっ飛んでいたいのによう)

(いずれ、わたしのこれまでの経歴も書こうと思います。あ。自らハードルあげたかな…)


もっとさあ、

「自分が理解できないものも、この世に存在する」ってとこだけでも理解してほしい。


…無理な願いかもねー



イラストレーター こまつきょうこ HP 
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昨日の続き。
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それはそれは、威圧感のある言い方で、すっかり固まってしまった。
自分で編んだ、と何回も言ったのに、大人を騙すもんじゃない、とか
全然聞いてもらえなかった。
この頃はすっかりおとなしくなっていたので、それ以上、
もう何も言えなくなってしまった。
言えなかったのと同時に、「この人に何言っても無理」という諦めと、
「この人に関わりたくない」という危険信号も、感じたのを今でも鮮明に思い出す。

その頃、母の手編みのセーターやカーディガンもよく着ていたので、
また編んでもらったんだろう、と思われたのだろう。

その先生が放った一言で、同じクラブの同級生からも嘘つき呼ばわりをされた。
担任の先生(別の先生)にも報告したようで、
翌日だったか次の日だったか、「あの先生に嘘言ったって本当?」と聞かれた。

自分で編んだ、と信じてもらえなかった虚しさの方が大きすぎたのと
持ってこなければよかったという後悔が、「自分は何かとても恥ずかしいことをしてしまったのだ」
という自分を責める方向に行ってしまって、そのことにこれ以上触れられるのが嫌だった。

編んでみせてよ、と言われたような気もするが、
もうこんなところで手を動かしたくない、と思って断った気もする。
あんまり人前で何か作るの苦手。
あと、編み物したことがある人なら、わかると思うのだけど、
ちょっと時間を置くと、力の加減がかわって編み目の大きさに出たりする。
まだ覚えたてだったから、逆に間違ったりしてまた否定されたら、というのを
怖がったのもあったかもしれない。


でも。大暴れでもしてやればよかったと思う。机投げるとか。ははは。

今になってみると、この先生、編み物が苦手だったんじゃないかと思う。
家庭科だけは、全学年通して、他のクラスもみていたし、
「裁縫でもなんでも出来るのよ」と自負していたら?
そこに、自分の年齢の4、5分の1くらいの子供が、自分より上手にやっていたら…?

信じたくなかったんだろう、事実を。

数年経ってから、その途中でやめてしまったセーターをみたのだけど、
ほんときれいな編み目だった。自分でいうのもなんだけど。

認めたくなかったんだよね、自分の負けを。

その先生は、いつもイライラピリピリしていたのも覚えているな。
担任になった生徒たちに、キーキー言ってる姿もよく見た。
体調とかもあったのかもしれないけど、自分に自信のない人の特徴にも思う。
だから、周りを下げて自分の位置を保とうとしたのかもね。

もう、名前すら思い出せないけど。





あ。編み物も、今でもします。
ちゃんと完成させたセータもあるし、マフラーや帽子もいくつか編んだ。
今でも、編み目はきれいだよ。













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まだまだ 小さかった頃のお話。
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近所の他の大人が見ても、すぐに信じる人はいなかった気がする。
その年齢にしては、上手だったからだろうけど(自慢)
「こんなこどもにできる訳がない」という思い込みで見てくる目が嫌だった。
近所の人が家に来てた時は、目の前でやってみせたこともあったような気がする。
その後に、心底驚いて、「すごいね!」という言葉と目つきに変わるのはうれしかったけどね。
お裁縫は今も時々するけど、
針を持つ時、ふとこの苦みを思い出すことがあるのですよ。


つづく!


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1年以上前のこと…
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…という一連を、北米出身の人に話してみた。
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この「欧米化してるね」という言葉に救われたのが正直なところ。
”頑張って我慢しろ”という人たちとは、決定的に
自分の考え方とは違うのだと認識できたから。


…時間もずいぶん経って、今振り返れば、時間を使うのがもったいないようなことに悩んでたなと思うのだけれど。
その時は、どうにもうこうにもできなくて、一番適した(と思われた)人に相談したらこうだった。
「我慢しろ」ってのは、「思考を停止しろ」っていうことと「わたしはあなたのために何もしませんよ」と言うのと同義語だと思う。
使うべき時に使えば、効果はある言葉なんだろうけど… それ聞いた時は、けっこう絶望的な気分になった。
思い切って診察受けたら、「もう治す方法はありませんよ」なんて言われたような。
セカンドオピニオン取ってよかった!


その問題は、巡り巡って別の方法で改善され、ほぼ悩むことはなくなった。

ただ、あのまま悩んでいたらちょっとやばかったな。
相談する時は、一歩引いて別の視点から見ることのできる位置にいる人、にするのがいいのかも。

…ただ、年がら年中、愚痴を言っている人ほどその仕事やら何やら辞めないのは
そこでストレス解消しているからなんだろうか。
愚痴の原因を少しもどうにもしようとしないのも特徴。
ある意味すごいけど、こういうの聞こえてきたら耳を閉じてスルーするかも。
「そんなに嫌なら辞めればいいよ」と言いたくなるけど、もっと面倒になりそうだからやめておく。
ぐちぐちした空気振りまいて、周りも迷惑するんだもん。




……1年前のスケッチ…今は逆にこんな風に描けないな…





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「あの」国の◯◯もいいよ、と言ったらこうだ。

日本の、とか、◯◯とか限定せずとも、
他を実際に手や目にしたこともないのに
自分のいいと思ったものだけ盲信的に褒めまくる人に
立て続けに出会った。

いっぱい知ってるから偉いとか、
判断力が優れているとかでは決してないんだけどもね。
実際に触れてもないものを否定し、
自分の知っているものだけを肯定する、
その範囲の狭さに気づかずに他人にも同意を求めるのが怖かった。

いやはや。
「ここのが好きだから、他所のは試す気すらない!」
なんてハッキリ言われたらスッキリしたのか。
自分の好きなものを守るために、
他のものをけなしまくるのって、フェアじゃないと思うんだ。








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